雨龍は成龍になる前の幼龍のことで、角がなく尾が短い。
透かしの部分に雨龍を、蓋のつまみに成龍を配する事で、徳を得て雨龍が成龍へと成長していく物語が表現されています。
三田青磁の製造に成功に導いた一人、欽古堂亀輔は京都の人形職人の息子で型の制作を得意とした。
そのため昔の三田青磁は型物と呼ばれるものが多数残っている。
こちらの透かし香炉はこの技術を再現したもので、型押しした粘土を3つ繋ぎ合わせ、本体側面の元を作成し、浮かび上がった図案に透かし彫りを施している。
色、艶、形と完璧に出来上がりましたが、一部軽微なひびが入っておりましたので金継ぎを施してあります。
落としも付いていますのですぐに実用も可能です。
三田青磁は江戸時代から兵庫県三田市に伝わる焼き物です。
ブリタニカ国際大百科事典に「中国の竜泉窯、韓国の高麗青磁、日本では兵庫県の三田焼が特に有名である。」と記されるほど質が高く流通もしていました。
しかし、時代の流れのなかで、昭和初期には完全に消えてしまいました。
そんな三田の地で再び三田青磁を焼き続ける唯一の作家が伊藤瑞宝です。
「自分が生きているうちに後継者を育て、三田青磁を守りたい。」
そんな思いで活動をなさっています。
【参考】角川日本陶磁大辞典
三田青磁:三田焼の青磁。地元の陶工内田忠兵衛が、青磁に適する陶石を砥石谷(現三田市香下)で発見したことにより、実験的ながら天狗ヶ鼻窯で生産が始まったといわれる。
三田青磁は中国の天龍寺青磁を規範としたもので、隆盛期には質・量ともに「日本一の青磁」と呼ばれた。
■陶芸家 伊藤瑞宝 ■
1963年 愛知県生まれ
1986年 京都市立芸術大学卒業
1994年 兵庫県三田市にて築窯
2001年 三田市教育委員会 三田焼に関する基礎調査・史跡調査事業参加
2003年 三田市立明神窯史跡園 三田焼技術伝承講師就任
2023年 三田陶芸の森。(旧三田市陶芸館)館長就任
近年では百貨店や美術館での個展や大学やメディアでの講義などの活動も行っている。
※画像はイメージです。
※お届けまで1ヶ月ほどお時間をいただきます。
●類型3号:仕入れ以降、全ての工程を三田市内にて行っております。
透かしの部分に雨龍を、蓋のつまみに成龍を配する事で、徳を得て雨龍が成龍へと成長していく物語が表現されています。
三田青磁の製造に成功に導いた一人、欽古堂亀輔は京都の人形職人の息子で型の制作を得意とした。
そのため昔の三田青磁は型物と呼ばれるものが多数残っている。
こちらの透かし香炉はこの技術を再現したもので、型押しした粘土を3つ繋ぎ合わせ、本体側面の元を作成し、浮かび上がった図案に透かし彫りを施している。
色、艶、形と完璧に出来上がりましたが、一部軽微なひびが入っておりましたので金継ぎを施してあります。
落としも付いていますのですぐに実用も可能です。
三田青磁は江戸時代から兵庫県三田市に伝わる焼き物です。
ブリタニカ国際大百科事典に「中国の竜泉窯、韓国の高麗青磁、日本では兵庫県の三田焼が特に有名である。」と記されるほど質が高く流通もしていました。
しかし、時代の流れのなかで、昭和初期には完全に消えてしまいました。
そんな三田の地で再び三田青磁を焼き続ける唯一の作家が伊藤瑞宝です。
「自分が生きているうちに後継者を育て、三田青磁を守りたい。」
そんな思いで活動をなさっています。
【参考】角川日本陶磁大辞典
三田青磁:三田焼の青磁。地元の陶工内田忠兵衛が、青磁に適する陶石を砥石谷(現三田市香下)で発見したことにより、実験的ながら天狗ヶ鼻窯で生産が始まったといわれる。
三田青磁は中国の天龍寺青磁を規範としたもので、隆盛期には質・量ともに「日本一の青磁」と呼ばれた。
■陶芸家 伊藤瑞宝 ■
1963年 愛知県生まれ
1986年 京都市立芸術大学卒業
1994年 兵庫県三田市にて築窯
2001年 三田市教育委員会 三田焼に関する基礎調査・史跡調査事業参加
2003年 三田市立明神窯史跡園 三田焼技術伝承講師就任
2023年 三田陶芸の森。(旧三田市陶芸館)館長就任
近年では百貨店や美術館での個展や大学やメディアでの講義などの活動も行っている。
※画像はイメージです。
※お届けまで1ヶ月ほどお時間をいただきます。
●類型3号:仕入れ以降、全ての工程を三田市内にて行っております。
返礼品について
- 容量
- 三田青磁 伊藤瑞宝作 雨龍透香炉 1点
サイズ:径24.5×高さ25.5cm
内容:本体、蓋、落とし、木箱
原材料:磁土、来待石、加茂川石、珪石、長石、石灰 - 事業者
- 合同会社三田陶磁社
お申し込みについて
- 申込条件
- 何度も申し込み可
- 発送期日
- お届けまで1ヶ月ほどお時間をいただきます。
- 配送
- 別送
- 常温